私がペルー人と結婚後、ペルーに入国したのは1997年丁度大使公邸占拠事件の真最中の事でした。リマの右も左もわからない、スペイン語も全くわからない、おまけに妊娠7ヶ月。
「出産は病気じゃあないのだから何処でも出来る!」と従来の楽天的な考えでリマに到着したけれど、検診に行けば狭い部屋に机が一つと、先生がポツンと座っているだけ。
その時始めて「これで本当に出産できるの?」・・・・
病院を渡り歩いている間に早産で緊急入院。
私が陣痛で転げまわっている最中も病院はのんびりムード。
終始先生の笑い声が聞こえて腹が立つやら痛いやら・・・・
そんな中で娘のロサが無事誕生。
そして第二の問題が・・・
入国管理局にビサ申請に行ったが何度行っても他の書類が足りないと返される。「どうして最初に必要な物全部言ってくれないの!?」
5回以上通ってやっと書類が揃った。
今度は担当員が家を見に来ると言う。 家に来たらお小遣いの要求。
「なんで〜???」
頭にきて「もうビサなんていらない」と追い返した。6ヵ月後に再度入国管理課を訪問。行方不明者リストの中からすんなりビサカードを入手。 放って置くものだ・・・と一つ勉強。
右上に続く ・・・>>> |
|
そして第三の問題(事件)が・・・
僅か一時間の散歩から帰宅すると、
あらまあ・・・ 家の中の物が無い。
半年以上も待って到着した電化製品その他一式見事に無くなった。 警察官を呼んで盗難届けをしようと思ったのに、警察官は
「君、ペルー人じゃあないね。
パスポート見せて。 不法滞在していない?etc・・・・」
被害者なのに質問されまくり。
「あのねえ〜、それで家の家財道具は一体どうなるの?」
と質問したら
「1週間後に泥棒市に行って探してみて」の一言で終了。
ペルーってこんな国???
最初の一年目は驚き連発。 何年経っても驚きっぱなし。
二年目に運良く主人共々同じ日系企業に就職。
8年間企業撤退まで会社や仕事関係の日本人方々には本当にお世話になりました。今は又現地旅行代理店の社長やお店の関係者、そして現地に住んでいるお友達にお世話になり、外地で生活して日本人の優しさを改めて感じています。
日本に住んでいると日本や日本人の良さがなかなかわからないものですが、その点私は得をしているのかも!
これは本当に嬉しい話。 |